近い将来、脊髄損傷からのリハビリは劇的に進歩して、より多くの人達が運動機能を取り戻すことが予想・・・というか、確信できます。
現在、猪狩ともかさんというタレントの脊髄損傷からのリハビリを行っています。
彼女のことを簡単にご紹介させてもらうと、仮面女子という地下アイドルのリーダーをやっていたのですが、ある日強風の精で、看板がビルから落ちてきて、それが直撃してしまい、脊髄を損傷してしまいました。
私は地下アイドルに関してはあまり詳しくは無かったのですが、調べてみると相当な下積み時代が必要なようです。こうした下積みを乗り越えて、グループのリーダーとなったある日、突然落ちてきた看板によって身体機能を奪われてしまうという災難に見舞われてしまいました。その日から、車いす生活を余儀なくされていました。
彼女の過去の記事などから、生涯機能回復はしないものだ…と覚悟を決めた部分もあったように思えます。
ある日、ネット記事でこの話を知った私は、彼女の芸能事務所に連絡をして、脊髄損傷のリハビリについて提案をしました。今、脊髄損傷に関しては、再生医療が注目を集めています。つまり、幹細胞、特に昨今、日本だけでなく世界を揺るがした、、、山中教授達が開発したIPS細胞が、再生医療においては最先端を行っていると思います。(もう一つ、騒がれていたSTAP細胞も同じ幹細胞ですが・・・真偽は不明ですね)
幹細胞というのは、細胞のかなり原始的な状態と言えます。どういうことかと言うと、この細胞は、他のどの細胞にも変化していくことができるということです。神経細胞はもとより、赤血球にも、心細胞にもなります。しかし、幹細胞は胎児からの摘出が主な方法だったので、人工中絶クリニックなどで取引されてきた歴史がありました。一方で、大人の細胞にも幹細胞はあるのですが、数が少なく、「どの細胞にも変化していく」という強みも、胎児の物(胚性幹細胞)と比べると弱いという実情がありました。

IPS細胞は、Induced Pluripotent Stem Cellの略で、Pluripotentというのは、「多能性」と訳されています。これは、大人の細胞を、より原始的な状態に戻すことで、他の細胞に変化する機能を付随することに特徴があります。さらに、自分自身の骨髄や脂肪の細胞を基に培養することができるので、基本的に自分自身の体に使っても拒否反応が起こる危険性が低いというメリットもあります。つまり、脊髄損傷が起こって失った神経細胞を、物理的に自分の体に加えていくことが、再生医療の究極的な方向性となります。つい先日、慶応大学にて、急性期の脊髄損傷患者に対して、世界初の臨床実験が行われることが発表されました。他にも、九州大学や札幌大学などでも、IPS細胞の実用化は進められていて、そう遠くない未来に、神経の再生医療は大きな成果を上げることが予想できます。

こうした細胞をベースにした再生医療の未来は本当に明るく、山中教授を始めとした最先端で活躍している研究者達のおかげで、日本では世界に誇るような再生医療の研究が様々な場所で行われています。今回、Tomoka Regeneration Projectに参加させていただくにあたり、こうした再生医療に関しても勉強させていただきましたが、日本の研究者たちが世界的に活躍してこの分野を引っ張っていっている状況を知ることができて、分野は違えど研究者として、大きな勇気を頂きました!引き続き、研究成果が与える希望が大きくなっていくことを心待ちにしております。
脊髄損傷に話を戻すと、神経細胞が損傷することでシナプス結合が失われ、脳からの指令が神経を通って筋肉まで届くのが難しくなります。神経細胞の損傷自体を幹細胞で復活させない場合は、残された神経細胞が繋がるのをサポートしていくことが重要になります。
もともと神経細胞の再生は難しいと考えられてきたのですが、Axonと呼ばれる神経細胞から伸びた尻尾のような部分が伸びるケースは、多数報告されています。しかし、この伸びる速度が遅いので、なかなか神経が繋がりにくいのが課題となっています。さらに、グリア性瘢痕と呼ばれる、ある種のバブルが損傷個所に形成されることがあり、そのバブルが邪魔をして、Axonが伸びる道を遮っているとも考えられています。

IPS細胞を用いないで行う猪狩さんへの神経再生の大まかな方針は、神経細胞のネットワークを再構築することにあります。これには、神経細胞への刺激が必要となり、電気・磁石・超音波などが効果的な可能性が示唆されています。また、神経細胞のAxonが伸びるのが遅い理由は、エネルギーが大量に必要なことが上げられ、それを賄うにはクレアチンが有効な可能性も、動物実験では得られています。また、実際に神経細胞のネットワークが部分的に形成されていたとして、そこに電気を通して、筋肉を収縮させる作業を繰り返していくことで、さらにネットワークが強固なものになる可能性もあります。
一方で、体を動かすためには、筋肉を始めとした運動機能を改善していく必要があります。通常、車いす生活が長くなると筋力が低下しがちです。特に、随意運動ができない部分に関しては、なかなかトレーニングをするのは困難ですが、Electrical Muscle Stimulation(EMS)などを用いた方法で筋肉に刺激を与えることは可能です。EMSとは、腹筋ベルトなどに活用されていて、電気を流して強制的に筋肉を収縮させるテクノロジーです。同様にTranscutaneous Electrical Nerve Stimulation(TENS)など、神経に電気を流そうとするものなどもあります。これらは、電気信号の強度や信号を送るリズムなどを調整することで、異なる効果が得られると考えられています。

いずれにしても、神経が繋がり筋肉まで構造上信号を届けることが可能になったとしても、筋力が無いと体を動かすことはできませんし、骨格や軟部組織へ過度な負担がかかることも懸念されます。よって、可能な範囲から運動を始めていくことも、重要なことになります。同様に、関節の可動域なども徐々に拡げていくことが求められます。また、随意運動が可能な部分でのトレーニングも非常に大切になります。そのため、ピラティスも同時に行って、上半身から体幹、さらには下半身までの動きを意識してトレーニングをしています。
例えば、下肢が動かない場合でも、体幹を支える力が強くなれば、支えが無くても両手を使いやすくなり、結果的に日常生活においては小さいながらに大きな変化が生まれることもあります。立ち上がって歩くことは大きな目標ですが、日常的にできることを改善していくことも同時に求められています。
今回のプロジェクトにおいて、サイバーダイン社が開発したHybrid Assistive Limb(HAL)は、脊髄損傷からの回復における大きな切り札です。HALは、ウェアラブル・サイボーグと呼ばれていて、自分の「動こうとする意志」をサイボーグが汲み取って、正確に再現してくれることが特徴です。前述した通り、体を動かそうとすればその意志は電気信号となり、神経を伝わって筋肉に届きます。電気が流れれば筋肉は収縮し、それによって動くことが可能となります。脊髄損傷が起こると電気を送る役割のある送電線が途中で切れている状態なので、筋肉まで信号が届きません。そのため、動くことができなくなります。しかし、HALを使えば、その意志をサイボーグが読み取ってくれて、意図した動きを生み出してくれます。このシステムの最も凄い部分は「動かしたい→動いた」という体験を重ねることで、神経回路の繋がりが強まる可能性があることです。

既に、HALを使用して回復したという例は何件もあります。最近では、プロスキーヤーの三浦雄一郎氏(88歳)の回復が話題になりました。一方で、100%これだけで回復できるとか、100%の機能を取り戻すことが保障できるとは断言できません。というのも、脊髄損傷にも個人差があり、一概に何かを約束できることでは無いからです。しかし、一つ言えることは、今現在、運動機能を失ったと思っている人たちの中から、実は多くの人たちに、回復する可能性があるということです。そして、前述したIPS細胞などをベースにした再生医療の発達と組み合わせることで、本当に未来には希望があると言っても問題は無いと思います。
今回、猪狩ともかさんの脊髄損傷からのリハビリにおける切り札がHALになります。以前読んだ論文にも、ただ単に神経経路を繋ぐのではなく、動きを合わせていかないと回復がしにくいとの記述もありました。
本プロジェクトに、ご協力頂いたサイバーダイン社「ロボケアセンター」に心より感謝いたします。特に、「PR目的で知名度のある方に一度だけ使用してもらう」というのではなく、本気で機能回復に向けての取り組みを支援いただいていることに感謝します。
私自身も、今回、再生医療も含めて、様々な観点から新たに勉強させていただくことが多く、知見を拡げていく大きな機会を頂くことができ、猪狩ともかさんと事務所の方々、サイバーダイン社の方々に大変感謝をしております。私の中では、HALは当然ですが、電気・磁石・超音波に大きな可能性を感じているところでもあります。
リハビリの度に、新しい回復の兆しを見ることができ、ZOOMのコンピュータ越しですが…いつも希望の芽が育っていく時間を共有させて頂いています。実際に、脚が動いたこともありますし、体幹が強くなり、色々と日常動作の改善が見られている状況です!
まだまだ、先は長いプロジェクトではありますが、引き続き全力で取り組んでまいります。
以下から、猪狩ともかさんのTomoka Regeneration Projectに関するYouTube動画をご確認ください!
ついでに、「痛快科学番組」も良ければ見てみてください!下の話は、HALのようなロボットテクノロジーを活用した未来像についてです。犬のゴンちゃんとネズミのミクロちゃんが、一生懸命説明しています。