弊社Global Bridgeは、世界の架け橋になるという思いをもって命名されました。

私自身がオーストラリア在住ということもあり、現状ではオーストラリアと日本を繋ぐことがやりやすい状況ではあります。

特に、私自身が所属しているビクトリア大学を通してプロジェクトを行えば、さらにやりやすくなります。

これを前提に、両国の絆を深め、イノベーションを生み出していくことが弊社に課せられた使命の1つだと考えています。

 

そこで、今までこれらの前提を基に進めてきた日豪プロジェクトの一部を紹介します。

  • ビクトリア大学と筑波大学間の共同研究契約締結
    • ISEALインソールの効果検証の一部を両大学の共同研究の一環として行う
    • 今年は2人ほど筑波大学からビクトリア大学へ留学予定
    • ビクトリア大学ISEAL所長の日本出張時に筑波大学にてシンポジウム開催
    • 埼玉県鴻巣市での歩行測定も、共同研究の一環として行う
  • オーストラリアの国家資格であるピラティス・ディプロマを日本へ導入
    • 留学することなく、日本にてオーストラリアの学位を取得することが可能となる
    • オーストラリアのピラティス団体PAA(Pilates Alliance Austrasia)所属のピラティス指導者の来日をサポート
オーストラリアのピラティス National Pilates Training (NPT)

細かいプロジェクトを上げると、まだまだあるのですが、主にこの2つのプロジェクトが豪→日 に向かうプロジェクトとなります。

これから先は、逆の流れ、つまり日→豪 にも注目していきたく思います。

日本の超高齢社会の取り組みをオーストラリアへ伝える!

その中で一番自分が注目しているのは、やはり日本が抱える超高齢社会です。

これに対応するべく、日本では各地方自治体が悪戦苦闘している現状があります。

もちろん、解決はしていませんし、課題も山積みです。

 

 

率直に言えば、交付金の使用用途には大きな改善の余地があります。

問題としては、行政の担当者とネットワークがある業者に延々とその交付金が流れやすいという点が挙げられます。

さらに、失敗とミスが許されない体制の中、新しい取り組みを行うリスクを避ける傾向にあることも、結局前年と同じことを繰り返してしまうという流れに拍車をかけるような気がします。

こうした問題が解決されない限り、マクロな健康促進方法を考えても官学連携をベースに広く還元していくことは容易ではありません。

 

 

その一方で、こうした問題点があるとはいえ、やはり他の先進諸国と比較して切迫状況が全く違うため、日本の地方自治体の取り組みが、世界的な手本となる可能性も十分あると思います。

そして、これを産業として世界に発信していくことが、日本が世界のシニア向けヘルスケア産業を引っ張っていくことに繋がりますし、弊社の使命ともしっかり合致します。

 

現在弊社が複数の地方自治体と協力をしている事業のモデルを、オーストラリアに紹介するということを、最近考え始めています。

特に、ビクトリア大学のメイン・キャンパスがあるFootscrayという町を検討しています。

その理由は、ビクトリア大学の学長が、「大学都市プラン」を推進しているからです。

Footscrayにあるビクトリア大学のキャンパス いつもこの辺りに車駐車しています。

ちなみに、大学都市プランを推進する前は「産学連携に基づく知財の商品化」を推進していました。

(これを叶えるために始めたわけではありませんが)たまたま自分がISEALインソールを通して行おうとしていたことと重なり、大学のサポートを得ることができました。

資金が潤沢にある一部の大学を除いては、産学連携の中でこうした新たなビジネスモデルを確立いくことは、共通課題かと思います。

 

今回は、大学都市計画ですが、例えばビクトリア大学と提携した筑波大学は、国内でも有数の大学都市計画の成功例かと思います。

なので、こうした取り組みのモデルをFootscrayにも活用したく考えています。

まだまだ話が抽象的ですが、進むべき方向であると確信しています。

 

そして、その具体的な方法ですが、今までに作り上げてきた基盤を活用して以下のように考えています。

  • 日本の地域において、オーストラリアのPAAが監修する国家資格であるピラティスをベースにした運動トレーニングをシニア層の健康向上に活用
  • その効果検証を、筑波大学‐ビクトリア大学の共同研究として行う
  • このモデルをFootscrayにも提唱する

 

課題となる部分は、事業のビジネスモデル作りかと考えています。

委託業者は、交付金を収入源としている場合があり、そうなると延々と交付金が無いと事業が成り立たないケースがあります。

交付金を利用して委託業務を行うのは間違いではないと思いますが、その交付金は事業にかかる初期投資と捉え、それを基に持続可能なビジネスモデルを構築することが、ただでさえ財政難の日本において、重要であるということを提唱していきたいです。

率直に、この意識をもった現場担当者 があまり居ないというのが、大きな問題点でしょう。

もちろん、この話は原理的には理解しているのでしょうが

「とにかくミスはできない」

「クレームは困る」

「前例が無いことは、ハイリスク」

というある意味当然ともいえる考え方が、大きく見た時の方向性を失わせていく要因となっているように思えます。

 

これらを払拭する方法は、こうした事業を成功させた優良企業に交付金を回し、半官半民で健康促進事業をマネジメントしていくことだと思います。

そして、交付金を一定期間利用して、企業からの出向という形で自治体のビジネスモデル確立を目指します。

ここまでがうまくいけば、Footscrayに提案する時も、かなりハードルが下がります。

もちろん、一朝一夕で実現できる話では到底ありませんが、少しずつでも歩み始めていきたいと思います。

 

そして、こうした取り組みと同時に、私自身・そして会社の使命として行わなければならないことは、さらなる人材育成です。

日本だけでなく、一部の国を除いては共通していることですが、グローバル化が個人レベルで進んでいるとは言えない状況が続いています。

しかし、これもまた皮肉的ですが、口を揃えて「グローバル!!」を強調したがる傾向にある気がします。

日本でグローバルな人材は、もちろん多少は存在しますが、本当の意味での「グローバル人材」と「似非グローバル人材」は、見分けられて損はありません。

 

語学留学・海外旅行・海外の大学卒業 くらいでは見えてこないことが多いことに気付くべきです。

海外で生きる大変さも理解するべきですし、交渉術を身につけ合理的に獲得目標を追求していかなければ…生きていけません。

自衛力も必要ですし、はっきり言って、苦労したくない人間が追求する道では無い気がします。

大義を抱えない場合、海外留学者は「グローバル」なイメージを作って、その判断がつかない面接官相手に就職活動を日本で行うことが、現状ではベストな選択肢であると思ってしまうのは、私自身の経験によるものです。

そうではなく、とことん本物志向で突き進んだ時に、祖国日本からも孤立して、居住している国でも一流市民としての扱いを受けられないというリスクを取る覚悟が無い限り、この道は勧められません。

などと、偉そうなことを言いましたが、はっきり言って、そんなことは当たり前に行われていることでもあります。特に発展途上国などから渡豪した人達は、人生を懸けた片道切符で来るわけです。

日本のように便利で安全な場所がある場合は、そんなに気合いを入れて留学する人は少なくて当然ですし、セーフティーネットが確立した場所を生活の拠点にするのは賢明な選択でしょう。

 

 

しかし、これからの時代は違います。少子高齢化の波にのまれた日本は、根本的に新しい何かが生み出されない限り、経済大国としては生き残れない気がします。(もちろん、経済大国として生き残らなくてはならないかどうか?という議論もあるとは思いますが…)

新しいパラダイムシフトが起こる際には、必ず海外に渡った人間が、日本国内にイノベーションを起こしています。

ここを担う人材を、ネット上で教育していくことが、弊社がやるべきもう一つの使命です。

実は、2007年~2009年位にかけて弊社もこうした事業をしてきました。

当時は、高校生延べ1500人程度を相手にネットで英語教育をしていて、受験英語では無く「時事問題」「科学」「政治」「哲学」「アート」など広く国際的に通じる題材を、音声・文章で理解させ、それに対する意見をエッセイなどで書く といった通信教育をしていました。

もちろん、英語力の向上は凄まじく(一例を挙げるのであれば、UCバークレー・マサチューセッツ工科大学・ハワイ大学・東京大学・京都大学・早慶などへの進学)、理路整然と自分の意見を伝える技術も向上していきました。

もう少し現在のISEAL事業が軌道に乗れば、これは是非復活させたい事業の1つです。

自分はもともとそこまで天性の才能に満ち溢れた人間ではないですし(完全な努力型です!)、自分一人でやれることにも限りがあります。というか、殆ど無いと言った方が正確かもしれません。

なので、日本という国がこれからの時代でもプレゼンスを高めていけるためにも、他の人達のポテンシャルを引き出すことで間接的に達成できたらと思います。

 

グローバルとローカルを考える時に、「日本をどうにかしたい」と考えるローカル的な発想も、自分の中から消えることは無く、今の課題だらけの日本が好きではなくても「どうにかしたい」となり、「どうでもいいや」とはならない自分が居ます。

 

もちろん、その一方で、「日本」という枠組みを作ることが国際化の弊害になる可能性もあるので、「国際的な場」は、全ての人間から等距離にあり、全ての人たちにとっての公約数で作り上げるべきだというのが、理論上の国際感だと思います。(もちろん、現状そうなっているとはとても言えませんが…)

 

これらをグローバルとローカルの架け橋となることも、これから弊社が向かう方向となっていきます。

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